『 あ な た と 映 画 に 』








今日は日曜日。

普段サラリーマン相手に商売しているベントーランドは基本的にはお休み。
そして今日は糸鋸と映画を観に行く約束していた日でもある。

糸鋸の方はといえば、今日は元々非番らしいのだが朝から報告書をまとめなければならなくなったのだが、早めに仕事を終わらせて約束の時間までには来てくれるらしい。

は糸鋸との待ち合わせで、映画館近くにある待ち合わせでよく使われるモニュメントの前で、糸鋸が来るのを待っていた。

待ち合わせの時間にはまだ早いのだが、経緯はどうであれ想いを寄せている相手と初めてデートらしき事を起こすのだから、さすがのも緊張気味なのだった。
そしていくら想いを寄せている相手が『超』が付くぐらい鈍感、でもだ。


「もー、何で私だけこんなに緊張しなきゃいけないのよー。」


怒った口調ではなかったが、俯きながらブツブツと呟くのだった。






さん、待たせたッスか!?」


その時、頭上から糸鋸の声が聞こえた。
はさっきまでの憂鬱な気持ちが一気に吹き飛んで顔を上に向けた。
そこにはいつもの笑顔で笑っている糸鋸がいた。
つられてもニッコリと笑顔になる。


「今来た所ですよ。」


がそう答えると糸鋸はホッとして頭を掻いた。
そして周りをキョロキョロ見回して戸惑いながら口を開いた。


「っと、まだ上映時間まであるみたいッスから・・・何処かお茶でも飲まないッスか?」


途中台詞に噛みながらも糸鋸はを誘うのだった。
どうやら本当にこういう事には馴れて無いらしい。
目の前の女性をどう扱って良いのか戸惑っているのがさすがのも見て取れた。

こんな自分よりも体の大きい人が、自分の前でアタフタと慌てている姿は少し滑稽で少し可愛らしいとは思った。


「じゃあ、私が知ってるカフェに行きませんか?ご飯も美味しいんですよ。」


おそらくお茶と言葉を出したものの、何処がいいのやら場所ですら見当もつかないであろう糸鋸に、は笑って助け舟を出した。
もちろん、は兼ねてからその店には糸鋸と行きたいと思っていたお店ではあったのだが。

もちろん糸鋸はそれを断る理由もなく。


「ご飯も美味しいッスか!?それは是非行ってみたいッス!」


戸惑う表情からぱっと顔を明るくした糸鋸を見て、は『餌付け作戦』が本当に上手くいくのではと、思わず吹き出すのだった。








「ちょっと複雑な味ッスけど、上手いッスねえ。・・・ベントーランドの弁当には負けるッスけど。」

目の前では満面の笑みを浮かべた糸鋸が少し遅いランチを食べている。
どうやら仕事を終えてご飯を食べずにそのまま来てくれた様だった。
目の前で糸鋸は一心不乱にご飯をかき込んでいた。


「忙しいのにごめんなさい。お仕事大丈夫でした?」


申し訳ないと、は心配そうに糸鋸の顔を覗き込んで呟く。


「ああ、大丈夫ッスよ。って女性の前でコレは失礼ッスよね。」


そう言いながら、ご飯を食べる為に絶えず動いていた手を休めるのだった。


「気にしないで下さい。私美味しそうに食べる人、大好きですから。」


は少しは気持ちが通じるだろうかと、顔を赤くしながら糸鋸の様子を伺った。
しかし、予想通りというか、糸鋸は「そうッスか?」と嬉しそうに休ませていた手を再び動かすのだった。


(まあ・・・とりあえず今はこんなもんだよね。)


そう思いつつ、は嬉しそうに食事をしている糸鋸を見つめるのだった。








食事を終えた二人は、そろそろ上映の時間に近づいている事に気付き映画館へと向かった。

映画は先日封切だったらしく、酷く人がごった返していた。
小柄なは、気を抜いたら迷子になりそうだと糸鋸のいつものくたびれたコートの袖を掴んだ。


「!」


それに気づいた糸鋸は一瞬体を強張らせ、驚いていた。
一瞬、糸鋸の足が止まったのでは掴んでいた袖を離そうと思ったのだが、


「迷子にならない様に掴まってるッス。」


糸鋸は正面を向いたままそう言ったので、はもう一度糸鋸の袖を掴み直すのだった。
照れていたのだろうか?
から糸鋸の表情は見えなかったが、少し安心している様にも見えた。






「ちょっと待ってて欲しいッス。」


座席に着くなり、糸鋸はを置いてホールから出て行った。

どうしたのだろうかとは少し寂しく感じながら、周りに座る楽しげな恋人達を見てため息をついていた。
しばらくすると、ニコニコと笑顔を浮かべた糸鋸が戻ってきた。


その手には二人分のジュースとポップコーン。


手が塞がっていたからなのだろう、脇にはパンフレットまで挟まれていた。
意外とマメだとはぽかんと糸鋸を見つめている。


「映画と言えばやっぱこれッスね!」


「あ、あんまり気を使わないで下さいよ?」


「いいッス!誘ったのは自分ッスから!それに折角さんと来たッスからね。」


・・・分かっている。よーく分かっている。

糸鋸が全く深い意味でなく言っている事は分かっている。
だが、それでもは嬉しかった。








映画の内容はそこそこだった。
と、言うより殆ど内容は頭に入ってないかもしれない。
上映中、は横に座る糸鋸の表情とスクリーンを往復していてあまり内容はどうでも良く感じていたのだ。
とにかく糸鋸は表情がくるくる変わるので、見ていて飽きる事が無かった。


「映画、なかなか面白かったッスね。」


さすがにこう言われた時は、糸鋸の笑顔に合わせて薄ら笑いを浮かべる事しかできなかったのだが・・・。


「今日は付き合って貰ってすまなかったッス。」


こんな自分で、本当に良かったのかと言いながら頭を掻いた。
そのしぐさがいつもの糸鋸らしく、はなんだかホッとするのを感じる。


「そんな、私もイトノコさんと一緒で楽しかったですよ。また機会があれば美味しいお店探しておきますね。」


「そ、そうッスか!?じゃ、また誘うッス!」


本当に嬉しそうに、糸鋸は白い歯を見せて笑った。
どちらかと言うと後半部の食べ物で反応している感はあるのだが、また次があるのだとは嬉しくて仕方がなくなるのだった。