『 あ な た と 一 緒 に 』
平日お昼のベントーランド。
相変わらず大盛況で、は忙しそうに店を切り盛りしていた。
一時を過ぎようやく人が途切れた所で、一息つこうとは奥の控え室へと戻ろうとした時、店に駆け込んでくる客が。
「ベントーッ!!まだあるッスか!?」
その声を聞いて、は振り向いて笑顔になる。
が密かに思いを寄せている糸鋸だった。
「ちゃんと残ってますよ〜。ハイ、ステーキ弁当。」
本当はわざと一つ残しているのだが、相変わらず糸鋸は気が付いていないようだった。
「いつも自分はラッキーッス。」
糸鋸はホクホク顔で代金を払おうとヨレヨレの財布をズボンのポケットから取り出すと、思い出したようにハッとした表情を見せた。
「さん、映画好きッスか?」
相変わらずヨレヨレ財布をゴソゴソしながら呟く糸鋸に、あまりにも突拍子も無い事を言われた所為か、理解するのに少し時間がかかった。
(もしかしてもしかして・・・!誘ってくれるのかなあ。)
「えっ、す、好きですよ。」
既に若干の妄想も入っていた所為か、の心臓はドキドキと鳴る。
しかし、次の糸鋸の言葉はの気持ちを深く沈ませるのに十分なものだった。
「チケット2枚あるんスけど、響華さんと行かないッスか?」
それをまた、の大好きな満面の笑顔で言うもんだから、ショックも大きいと言えよう。
はその言葉にうな垂れ、肩を落とした。
それを見た糸鋸は、訳も分からずオロオロするばかり。
「さん、ど、どうしたッスか!?」
(うわ・・・。これって全く脈ナシ・・・なのかなあ・・・?)
いつも強気のも、この時ばかりは涙が出そうになるのを堪えるのに必死だった。
とりあえず糸鋸を困らせるのもいけないと感じたは、何とか顔を取り繕って対応しようと顔を上げた瞬間、
「・・・ちょっと。ウチの可愛い店員泣かさないで欲しいねエ・・・。」
奥からベントーランド店長である市ノ谷響華が出てきた。
この時間は大抵警察局の『カレ』に差し入れする時間で居ないのだが、たまたま早く帰ってみれば、は糸鋸に接客中、しかもあの台詞は糸鋸を想うにはキツイ。
最初は静観しているつもりだったのだが、我慢がならずについ出てきてしまったのだ。
「響華さん、私泣いてないですから・・・。」
響華は慌てて静止するを振り切り、糸鋸に詰め寄った。
糸鋸はと言うと、当時警察局で同僚としてでもあまり良い思い出が無いのか、はたまたそれ以前嫌な仕打ちでもされたのか、とにかくラスボスの登場にただ直立不動で固まっていた。
「アンタ、相変わらず女の扱いがなってないねえ・・・。」
響華の目つきは、現役時代のままで糸鋸を更に震え上げた。
「きょ、恐縮ッス!」
追い詰められた糸鋸は、それだけ言うのが精一杯だった。
「普通、チケット2枚あれば相手を誘うでしょうよ。映画なんて女二人で行ってどうしようっての、ええ!?」
ある意味屁理屈とも取れるのだが、響華の啖呵は糸鋸には十分過ぎるほど効いていた。
妙な汗がじっとりと流れるのを感じていた糸鋸だったが、暫くして頭を掻きながらようやく口を開く。
「・・・いやっ・・・自分みたいなゴツイ男と行っても面白くないッスよ?」
ここに糸鋸と映画に行って喜ぶ人がいますが・・・。
と響華は思ったに違いない。
「あんたは自分を卑下しすぎなんだよっ!」
響華も疲れてきたのか、啖呵ではなくただ怒鳴った。
「しかし、自分、ここ数年女性と付き合うことも無く・・・。」
どうにもこうにも考えを改めるどころか、自己嫌悪に陥りそうな糸鋸はもはや収拾がつきそうになかった。
だが、それまで事の成り行きを呆然と眺めていただが慌てて言った。
「私!イトノコさんと映画観に行きたいです!・・・駄目ですか?」
糸鋸と響華はその言葉にハッとして、危うく存在を忘れかけたの方へ顔を向けると、赤い顔をして目を潤ませていた。
その瞬間二人の緊張は解け、糸鋸はホッと一息つくといつもの様にの頭にポンと手を乗せ笑顔で言った。
「駄目じゃないッス。気を使ってくれて嬉しいッスよ。」
第三者から見ればまるで子ども扱いのようにも見えるのだが、はこんな糸鋸が好きだ。
まあ、あえて言わせてもらえるならば、『気を使っている』訳ではないのだが。
響華の方はまだ面白くないといった顔をして、が嬉しそうな顔を見せると仕方が無いとため息交じりに半ば諦め気味な笑顔を見せるのだった。