『 ベ ン トー ラ ン ド の 恋 』








ここはあるオフィス街の一角。
派手な看板には『ベントーランド』の文字。
名が示す通り、何の変哲も無い「お弁当屋さん」なのだが、お昼時となるとかなりの盛況ぶりだった。


「はーい、ありがとうございます。のり弁当一つですね〜。」


「そちらはステーキ弁当とシャケ弁当でしたよね。いつもありがとうございます。」


店の中では若い女性店員がテキパキと客を捌いていた。
少し年配の、常連らしい男が彼女に向かって言う。


「いや〜、ちゃん、半分は響華さんやキミに会いに来てるようなもんだよ〜。」


「ふふ、私はついでで響華さんが目的じゃないんですか〜?」


ちゃん』と言われている彼女は少し意地悪な顔をしてすぐ笑顔に戻った。
実際、響華やを目当てに来る客も多かった。


「あはは、嫌だな〜。で、今日は響華さんは?」


男は図星らしくめが泳いでいたが、開き直るように笑って言った。


「え〜っと、まだこの時間なら配達に行ってますよ。残念でした〜。」


はべーっと舌を出して答えた。
男はそれを気にする様子もなく、笑って「じゃ、また来るよ。」と帰って行った。
このようなやりとりはもはや日常茶飯事なのだ。


「ふう・・・とりあえずお昼のピークは過ぎたかな。」


とりあえず人が来そうな気配は無いので、店の奥にある椅子に座る事にした。
お客が来ればチャイムが鳴るだろう。


「そういえば・・・まだ来てないなあ。」


椅子に座りながらボーっとは呟いた。






『ベントーランド』は店長の市ノ谷響華と店員の、それと少数の調理班で切り盛りされていた。

前述した通り、何の変哲も無い『お弁当屋さん』がなぜここまで繁盛しているのかというと、種類の豊富な弁当に味の良さ、更には店長の市ノ谷響華の美貌が男性客のハートを鷲掴みにしている所為なのだろう。
勿論、も響華とは相対的な可愛さと健康的な魅力でファンも多い。
しかし当の本人は全く気が付いていない。






「今日は来ないのかな・・・。」


少し心配そうには呟くと、裏口から響華が帰ってきたようだ。


、遅くなってごめんよ。問題はなかったかい?」


長い髪をなびかせながら響華はに微笑んだ。
響華の妖艶さは女のでも少しドキドキする。


「あっ、響華さんお帰りなさい。大丈夫でしたよ〜。」


「じゃあ、私が居るからは休憩しな。」


響華はお昼ずっと立ちっぱなしのを気遣って言った。
しかしは、


「・・・あ・・・もうちょっと様子見てから、休憩しますね。」


少し顔を赤くしながら答えた。


「・・・そうかい、じゃあ先に休憩させてもらうよ。」


響華は最近の様子がおかしいことに気が付いていた。
どうやらはお客の一人を待っているらしい。
しかも考えたくは無いが、響華も良く知っているあの男のようだ。


明らかに、あれは恋だわね・・・。


ほど器量が良ければいくらでも男は選べると言うのに。
響華自身もを大事に思っている分、いたたまれなくなって大きなため息をついた。




「ベントーーーーー!まだ間に合うッスか!?」




突然、店内に大きい声が響いた。


「イトノコさん!」


は嬉しそうに立ち上がってカウンターへ飛んで行った。

残された響華は、再び深いため息をついていた。






「イトノコさん、今日は遅かったですね!」


ニコニコと嬉しそうには話しかけた。


「もう忙しくて目が回りそうッス。で、弁当残ってるッスか?」


糸鋸は少し疲れた素振りを見せながら、頭は弁当の事で一杯のようだ。


「イトノコさんの大好きなステーキ弁当、残ってますよ。」


「ホントッスか!?いつも残っててラッキーッス。」


二人のやりとりを裏で聞いていた響華は呟いた。


「・・・わざと残してるのに気が付かないのかねえ・・・。」


『ベントーランド』の一番人気はステーキ弁当だ。
本来ならばピーク時を過ぎてしまえば残る事はまず無い。
はあえて糸鋸のために毎回残しているのだった。


「じゃ、ジブンはこれで仕事に戻るッス。」


弁当を確保した事により、幾分落ち着きを取り戻した糸鋸は弁当袋を片手に店を出ようとした。


「あっ、イトノコさん!明日も来られますよね!」


名残惜しそうには糸鋸に叫んだ。
すると、糸鋸はくるりと振り返り、の頭を大きな手でぽんぽんと軽く叩いて、


「明日も来るッス。さん所の弁当が一番ッスからねえ。」


口を大きく広げてニイッと笑った。

は糸鋸のこういう所が大好きだ。
少々子ども扱いされている感もあるのだが、糸鋸のは心地よかった。
あの曇りの無い笑顔が本当に大好きなのだ。


「!・・・仕事頑張って下さいね。」


が笑顔で答えると同時に、糸鋸は時計を見た瞬間慌てて店を出て行った。






再びしんと静まり返った店内。
は奥へと戻ると響華が迎えてくれた。


「あの男はニブイから気が付かないんじゃないのかい?」


前髪をふわりと揺らして響華が言った。


「あ〜さすがに他の人には分かりますよね。でも・・・いいんですよ。」


は少し照れながら答えた。


「少しずつ餌付けしていけば、いつか私にたどり着いてくれるかなって。」


人間の男に餌付け。

普通じゃ考えられないが、糸鋸ならありうる事なのかもしれない。
響華はふっと笑いながら


、アンタ意外に策士だねえ。」


と呟いた。
はそんな響華をおどけて真似しながら、答えた。


「ふふ、地道に頑張りますね。」






糸鋸と、二人が付き合うまではまだまだかかりそうだ。