『 soleil −ソレイユ− 』








ちゃん、これから夜のドライブに行かない?」


夕方、のアパートへ来るなり嬉しそうな顔をして巌徒は言った。

季節は夏。

さすがの巌徒もこの時期だけはいつものオレンジのスーツに身を包むことは無く、黒いシャツにオレンジのスラックスというラフな格好だ。
もちろん、いつもにしてみればさほど暑苦しそうには見えない。

一番上のシャツのボタンを外しながら、巌徒は更に続けた。


「ちょっと行きたい所があるんだ。」


他人には判らないかもしれないが、は巌徒の『何かありそうな笑顔』に気が付きつつそれを快く承諾した。






簡単な支度を終え二人は車に乗り込んだ。
機嫌良さげにハンドルを握る巌徒。


「行きたい所ってどこですか?」


やはりどこへ行くのかぐらい知っておきたいと、隣で口の端を思いっきり上げて上機嫌そうな巌徒に聞いた。


「今日、あそこの河川敷でちょっと変わった嗜好の花火大会があるのを知ってる?」


は今日花火大会があったなど聞いたことが無いと、首を振った。
と、巌徒はその答えを予想していた様子で答える。


「ああ〜、やっぱり当日まで知名度は上げられなかったみたいだね。」


更に疑問符が浮かぶ。


「実は、今回が第一回目なんだけど一般人が参加できる花火大会なんだ。」


そう言うと、巌徒は折りたたまれたチラシを取り出してに渡した。
広げるとそこには大きい文字で“あなたも大切な人にメッセージと共に花火を上げませんか!?”と書かれていた。
さらに下の方に目をやると、花火の料金らしきものも書かれている。
程度にもよるが、手ごろな値段から思い切った値段まで並んでいて、自身で上げられそうな料金プランもあった。


「わ、これって面白い企画ですね!!」


は目を輝かしながら言った。
やはり花火が好きな者であれば、自分で上げてみたいと一度は思う事だろう。


「そう言うと思った。」


満足そうに巌徒は笑った。


「でも、急にどうしたんですか?普通の花火大会なら他にもあるのに。」


その言葉にほんの少し巌徒の白い眉が動く。


「で、その企画は今回が初めてなんだよね。まあ・・・当然知らない者も多ければ参加者も少なくなる。」


そこまで言った時点で、も今日の趣旨がなんとなく判ってきた。


「あ・・・ひょっとしてお鉢が回ってきたんですか?」


先回りしてが笑顔で呟くと、巌徒の眉は参ったと言わんばかりに動いて皺を作った。
どうやらそれで正解らしい。


「ボクだけじゃなくて、検事局長やら市長にまで声がかかってさ〜。」


知名度を上げる為に知名度の高い人物を巻き込むのは良くある手だ。
断ればその人物の高感度は下がりかねないし、よくよく上手い手だと思う。

だからと言って、巌徒はそれに左右される人間ではないとは思っていた。


「・・・まんまと乗せられた訳だけど、まあ便乗させてもらう事にしたよ。」


巌徒の眉は既に笑顔のものに変わっていた。
巌徒はこういう切り替えが早い人間とも思っていたが、さすがに『便乗』が指す事までは検討がつかなかった。






「さ、着いたよ。少しだけ会場から離れてるけどきっとよく見えるよ。」


車から降りて辺りを見渡すと、数十メートル先にステージが作られていて、光が明々と照らしていた。
ステージ上には司会者が花火大会の趣旨などを説明しているのが聞こえる。
ステージの周りは、やはり知名度が少ないせいか人はまばらだった。

はチラシのキャッチフレーズを思い出しながら、ぼんやりと男女ペアが特に多いなあと感じながら歩く。







2人はそのステージからあまり光が届かない、河川敷端のベンチに腰掛けた。


「時間的にはもうそろそろ始まるよ。」


シャツの袖をめくり、腕時計に目をやりながら巌徒は呟いた。
それと同時にステージの照明も花火に支障がない程に落とされる。

灯りが半減したステージでは、司会者がこれから上げられる花火について説明しだした。
今から花火を上げる人物は、長年連れ添った妻に送る花火だと言う。
ひとしきりメッセージを読み上げた時、シュッと音を上げて光が昇った。
ドンと言う大きな音と同時に夜空に大輪の花が咲き乱れる。


「綺麗・・・。」


はその大輪の花の名残を見つめながら、ため息混じりに呟いた。
個人で出せるお金など、たかが知れているだろう。
それでも単純な小さい花火でもスターマインの様に上げれは華やかだ。
何よりそれ以上心がこもっていると思えば、それは更に美しいものに見えた。

その後も、入院で世話になった両親に対して上げる者や、ステージ上でプロポーズをしだした男女もいた。
皆それぞれ思いを込めた花火は不思議と暖かった。




花火も時間的に終わりそうな頃、は肝心な事を思い出して巌徒に尋ねた。


「・・・そう言えば海慈さんの花火は・・・。」


そこまで言った時、ステージからアナウンスが聞こえてきた。


第一回目の花火大会、巌徒警察局長様からもご参加して頂いてます!


一瞬何の事かとステージに目をやって声を確認すると、ちゃんと“警察局長”と言っている。
どうやら一番金額が張る花火らしく、大トリに持ってこられたらしい。
は隣に座る巌徒を見つめた。


「特注で色々注文したからねえ〜。自分で言うのも何だけど、かなり綺麗なものになると思うよ。」


巌徒はに視線を返しながらそう言った。




さて、巌徒局長様からメッセージを頂いております。


“この花火はボクの愛しくて大切な人へ”


いいですね〜花火を送られる方は幸せですね〜。さあ、今宵最後の花火楽しんでください!


司会者が言葉を言い終わると、光が音を立てて幾つも昇った。
先程よりも少し大きめな花火で構成されたスターマインの中に、幾つものヒマワリの花束が出来ていた。


「わあ、ヒマワリみたいな可愛らしい花火・・・。」


はうっとりする様に呟きながら、花火が上がるたびに歓声を上げる。
その花火の美しさに、少ないギャラリーも歓声を上げていた。

そんな中、巌徒は時折色とりどりの光に照らされるの顔を眺めて眩しそうに目を細める。




最後の花束が咲き乱れると、皆名残惜しそうに空を見つめていた。
そんな中、巌徒は未だ空を見上げるに顔を向け笑顔で言う。


「どう?ちゃんへのプレゼント、気に入ってくれたかな?」


「この花火は本当に“ひまわり”って言うんだって。イベントの実行委員と打合せした時に、これだ!って思ったんだよね。」


はこの花火が自分のものだと、ようやく気が付いて赤くなった。
同時に花火が上がる前のメッセージを思い出したのだ。


“この花火はボクの愛しくて大切な人へ”


巌徒の言っていた『便乗』、そしてメッセージ。
それが自分に宛てたものであるとようやく理解できたのだ。


「たまには違う方向からアプローチするのもいいと思ってさ。」


そこまで言った時、は横に座る巌徒にぎゅっと抱きつく。
今度はいつもより積極的なに、巌徒はほんの少し慌てていた。


ちゃん?ボク的には嬉しいんだけど・・・。」


は顔を上げると上目遣いで言い放つ。


「少し暑いけど我慢して下さい。」


それだけ言うと、赤くなった顔を隠すように巌徒の胸に顔を埋める。
可愛らしい様子のを、巌徒は満足げな顔で抱き締め返すのだった。