『 キ ミ の い る 場 所 』
「よし、できた!」
は片手に生クリームの入った袋を持ち上げながら、満足そうに言った。
目の前には可愛らしい大きさのチョコレートケーキ。
もちろんそれが意味するのはバレンタインデー。
も世間一般に漏れる事無く愛する人にチョコレートを送るべく、会社から帰るとすぐにケーキ作成に取り掛かっていた。
もちろん、スポンジなどは時間もかかるため前日から巌徒に内緒でこっそり作っておいてあった。
今日の作業はと言えばデコレーションのみだったので、は早く終わると踏んでいたのだが思いのほか時間がかかっていた。
前日に今日は少し遅くなるかもと言っていたが、それでも巌徒が帰るまでには間に合ったようだ。
ホッとしたのもつかの間、同時に呼び鈴が鳴り巌徒がやってきた。
「・・・いい匂いがするね。」
一応前日に、はバレンタインデーだから明日は絶対にアパートに寄って下さいね、と前もって言ってあったので、巌徒もその匂いの元は分かっているだろう。
巌徒はコートを脱ぎながら嬉しそうに言った。
はそのコートをハンガーにかけようと巌徒からコートを受け取ろうとするが、一瞬巌徒はコートを渡すのを躊躇した。
そんな事は初めてだとは少し驚いていたが、その瞬間コートのポケットからコトリ、と何かが落ちた。
「・・・あ〜・・・。」
巌徒はその瞬間、バツが悪そうに眉をひそめてを見つめた。
の方はまだ状況が飲み込めなかったのだが、その落ちた物を拾おうとした時に、ようやく巌徒がうろたえる意味が分かった。
それはシックなリボンが掛けられた箱。
おそらく、どう深読みしてもチョコレートだろう。
そして紛れもなく、ラッピングからは本命の様な気配もする。
落ちていたソレを拾うと、は俯いてあれこれ考え出していた。
巌徒の方はうろたえていたものの、特に言い訳を言うわけでなく、ただ俯いているの心配そうに見つめていた。
変な誤解しなければ良いのだが・・・。
「・・・やっぱり、海慈さんカッコ良いから仕方ないですよね。」
「え?」
今一つ、その言葉から感情が読めなくて、巌徒は聞き返すのが精一杯だった。
の表情は巌徒から見えないが、まさか泣かせてしまったのだろうか?
「でもそんな人とお付き合いできるんですから、・・・嬉しいですよ。」
顔を上げて少し顔を赤くしながらは言った。
どうやら変な誤解はされなかったようだ。そもそも、このチョコは二人で食べようと思っていたのだが、ただ単に出し忘れただけなのだ。
・・・確かに、タイミングはものすごく悪すぎたのだが。
どんな時でもいつも信じてくれる恋人に、巌徒は優しく笑いながらの頭を軽くポンポンと叩いた。
それでも面白くない気持ちも少なからずあるのだろう。
「やっぱり海慈さん素敵ですもんね。しょうがないのかも。」
とか何とかブツブツと自分を納得させようとか呟いていた。
巌徒は可愛らしいしぐさで呟くを見て、何とも言えない気持ちになったのだが、変に誤解されても困るとふっと息を吐くと言った。
「・・・それはさ、少し前にボクが指揮した事件の被害者からお礼も兼ねて頂いたものなんだよ。」
「本当はあまりこういうの貰ってはいけないんだけどねえ・・・どうしてもって言うから、さ。」
あまり続けて言うと何だか本当に言い訳がましくなりそうなので、巌徒はそこで言葉を止めるのだった。
「そうなんですか。このチョコって確か高級洋菓子店のラッピングですよね。男の人っていいなあ。」
特に巌徒の言葉に安心したのか、今度は甘いものが好きなは今話題の洋菓子店のチョコレートに関心がいっている様だった。
「それは良かった。ちゃんのケーキと一緒に二人で頂こうか。」
巌徒はそう言うと、に気が付かれない様にそっと微笑み、心の中で想うのだった。
『僕が帰る場所はいつだってちゃんの所なんだよ。』