『 過 去 』
巌徒とは繁華街を歩いていた。
「ゴメンね、ちゃん。もうすぐそこだから。」
巌徒がニッコリ笑う。
は何だか気恥ずかしいようなくすぐったいような気分になっていた。
巌徒は体つきも良いのだが、背も高くスーツは派手だが様になっている。
その上女性の扱いも慣れているようで、歩きもに合わせてくれている様だった。
声も、深くて低い良い声で、鳥肌が立ちそうなくらい。
何だか自分に釣り合わない人のような、別世界の人のような、そんな気分。
そんな人がいきなり「ちゃん付け」で呼んでくるのでびっくりしたのだが、悪い気がしなかった。
それに・・・あんな事があってから一人が怖い。
「局長さん、本当に私がご一緒しても良かったんですか?せっかくご友人の方と飲まれるのに・・・。」
は「古くからの友人」と言うことを思い出し、不安になって巌徒に聞いてみた。
「いーの、いーの、きっとチョーさんも喜ぶよ。こんな可愛い子と一緒に飲めるんだから。」
と言って巌徒はウインクして見せた。
はあまりに様になっている巌徒を見て、少し赤くなってしまった。
「それよりも、局長さんはイタダケナイなあ、名前で呼んでくれると嬉しいなあ。」
「ええっ!?」
一気に顔が赤くなってしまった。
どうやら巌徒は反応を見て楽しんでいるようだ。
「じゃあ・・・えっと・・・巌徒さん・・・でいいですか?」
「うーん・・・苗字かあ、ま、いいか。これくらいでカンベンしてあげるよ。」
巌徒はちょっとだけすねた顔をして、いつもの笑顔に戻った。
それにつられても笑った。
「ココのお店だよ。さあ、きっとチョーさんお待ちかねだ。」
そういって巌徒が指した店は、古くからあるような居酒屋で、店内に入ると小奇麗で何だか落ち着く雰囲気だった。
はふと店内を眺めていると、カウンター席に豊かな白い髭をたくわえた人物が一人で飲んでいるのを見つけた。
「いやあ、チョーさん参ったよ〜、こういうときに限って仕事が片付かなくてね。」
巌徒はその白い髭の人物に声を掛けた。
「チョーさん、今日はこの子も一緒にいいかな?知り合いになっちゃってさ。」
チョーさんと呼ばれた白い髭の人物は、少し驚いた様子でを見たが、次の瞬間
「ほっほっほ、構いませんぞ。しかし相変わらずですな、巌徒局長。」
相変わらず、と言う言葉に巌徒は表情を変えず、
「相変わらずとは人聞きが悪いなア、ボクは清廉潔白だよ?」
そう言いながらを真ん中の席に促した。
巌徒の古い友人は、裁判所で裁判官をしている方だそうで、巌徒が警察局に入った頃からお互い激励し合い、自分等の世代を盛り立ててきたそうだ。
このお店は、当時よく二人で語り合った場所だった。
その「チョーさん」の最近の悩みはもっぱら娘さんの事らしい。
「ウチの娘はさんよりも歳は上になりますが・・・貴女みたいにもう少し可愛げがあると良いんですがね・・・。」
チョーさんはすっかり酔って、何だか愚痴モードに入っていた。
巌徒はそんな状況でもニコニコしながら、
「ちゃん、ホドホドに聞いてあげれば良いからね。」
「大丈夫ですよ。でも娘さんもちょっと素直になれないだけだと思いますよ。」
は愚痴話でも楽しんでるようだった。
チョーさんの愚痴話が一段楽した時に、はふと思いついた事を話した。
「巌徒さんは娘さんや息子さんはいらっしゃらないんですか?」
一瞬、巌徒は不意打ちを食らったように黙り込んだ。
チョーさんも何だか居心地悪そうだった。
はどうやらあまり触れられたくない話題に触れてしまったのに気が付いた。
バツが悪そうに下を向きかけた時、巌徒はいつもの調子で口を開く。
「んー・・・実はね、一度若い時に結婚したんだけど、ホラ、ボク自分の事しか考えないから。それこそ当時は仕事の事しか考えてなかったからね、いつの間にか居なくなってたんだよね〜。で、それっきり。」
はいよいよ申し訳なく感じて泣きたくなったが、巌徒はそんなの頭を軽く叩きながら
「ゴメンね、気を使わせちゃったみたいだね。昔の事だから。今ボクは楽しくやってるんだよ。」
「それに、こうやってちゃんと飲めるわけだし。」
と一言付け加えてニッコリ笑った。
チョーさんも相変わらず黙ったままだったが、
「ホラ、チョーさんも気を使わない!」
巌徒は笑いつつ、手をポンポン叩きながら笑った。
それにつられて二人は笑顔に戻った。
その後、再びチョーさんの愚痴話に戻ったのだが、しばらくしてチョーさんの娘さんが迎えに来ると言うのでお開きにする事に。
すっかりチョーさんは酔いつぶれいたが、娘さんは口ではきつい口調でも、顔つきは心配そうにチョーさんを車に乗せていた。
「ほら、やっぱり娘さん素直じゃないだけでしたよね。」
チョーさんの乗った車を見送りながらは巌徒に向けて言った。
「そうだね、ああいうのを見ちゃうと羨ましくなっちゃうなあ。」
「・・・娘が欲しいって事ですか?」
はこの話題に少し躊躇ったが、首をかしげながら巌徒に言った。
「違うよ、その前に彼女作らないと駄目でしょう。」
と、巌徒はを見つめた。
いつもの笑顔ではなく、真面目な表情には目を逸らす事ができなかった。
が返答に困っていると、
「あははははっ、冗談だよ、ジョーダン。」
巌徒は手をポンポン叩きつつ笑った。
再びは真っ赤になっていたが、珍しく巌徒も少し赤くなっているようだった。
「さ、ボク達も、タクシー呼ぶから一緒に帰ろう。」
巌徒はそれを悟られないように、から顔を逸らしタクシーを呼んだ。