『 蠢 く 傀 儡 』
局長室へと上がる前に、些細な用事を思い出して刑事課へと寄った巌徒は、刑事課長の席にちょこんと座っているある物に気が付いた。
「ノコちゃん、アレ、何なの?」
当の刑事課長は席を外していたらしく、巌徒は傍を通りがかった糸鋸を捕まえた。
当然糸鋸は既に嫌な予感がしていただのだろう。
表情からはしまったと言わんばかりの顔だ。
しかしそんな事を気にする巌徒ではない。
畳み掛ける様に糸鋸を問いただした。
「だから、アレだよ、アレ。」
糸鋸にもアレの正体についてよく知る者の一人であるのだが、どう説明した良いものか実際の所難しく、頭をかきながらしどろもどろに説明しだした。
「その・・・アレはですね、課長が良かれと思って作ったものでして・・・。ジブン的には結構イケてるんではないかと・・・。」
その後もブツブツと説明するのだが、まったく要領を得ない。
業を煮やし素の表情戻ると巌徒は、アレに指を刺し単刀直入に尋ねることにした。
「そうじゃなくて、何でアレに警察局の記章が入ってるの?警察局のキャラクターは正式採用したものは無いはずだけど。」
巌徒の指の先にはアレ、そう「タイホくん」のぬいぐるみがあったのだ。
「そ、それはですね、課長が局のためにキャラクターを試作してるッス。愛局精神の表れッス!」
開き直るしかないと糸鋸は冷や汗をかきながら無理やり口の端を上げて笑った。
巌徒は、『タイホくんぬいぐるみ』を持ち上げて眺めたが、どうしても“可愛い”という感情が沸いてこない。
どちらかと言えば不気味なぐらいだ。
どうにも生理的に受け付けない感も否めない。
「とりあえず、こんな物を作る暇があるなら、検挙率を上げる努力でもしたらどうかなあ。」
笑顔だが目が笑っていない。
やり取りを聞いていた回りの職員ですら凍った、気がした。
糸鋸は「課長に伝えておくッス!」と叫び敬礼するのが精一杯だった。
「やれやれ・・・。」
刑事課を出た巌徒はため息混じりに呟いた。
糸鋸の言う“愛局精神”を持って仕事をしてくれているのは分かるが、本当にその意欲が違う方向に発揮されれば誤認逮捕などしなくて済むのだがと、頭を痛めるのだった。
・・・アレはかえって局のイメージダウンになるんではないか?
ただでさえ今日の警察に対する住民のイメージが悪くなってきているのにと、巌徒は呆れ気味にもう一度ため息をつくのだった。
「課長〜、マズいッスよ。局長に駄目出しくらったッス。」
出先から戻ってきた課長に先ほど起きた、(糸鋸にとっては)修羅場の経緯を報告した。
「そうか・・・大幅なモデルチェンジを試みなければならないようだな。」
「課長・・・そういう意味じゃないッスよ。」
糸鋸はため息をつくと、一から巌徒とのやり取りを説明しだすのだった。
ここの所大きな事件も少なく、早めに仕事を切り上げた巌徒はに連絡を入れた。
「ちゃん、今から向かうからね。」
電話口では少し心配そうにしている。
「何か元気が無いですよ?大きな事件でも起きました?」
巌徒は自分の調子を一番に気が付いて気遣ってくれるに感謝しつつ、あまり心配もさせたくはないと、声のトーンを少し明るめにして答えた。
「ああ事件は起きてないよ。ちょっと色々あってね。もう大丈夫だから。」
そう言うと電話の向こうのも少し安心したようだ。
実はほんの少しまだ頭が痛んでいる気もしていたが、いつもの様に愛しい恋人に会えば調子も良くなるだろうと、車を飛ばして(もちろん法定速度内)のアパートへと向かった。
「海慈さん、今日はシチューですよ〜。」
やはり恋人の傍は一番落ち着く。
のアパートでと差し向かいでご飯を食べていると、頭を悩ませていたアレの存在も跡形も無く消えていった。
機嫌も最高潮で、今日はそのままお泊りコースとなった。
翌朝、いつもより早めに起きた巌徒はまだ眠るを起こさないようにベッド脇にある置時計に目をやろうと身を捩る。
今まで何度と無くのアパートで泊まっていたが、自分が先に目を覚ますのは稀だったからなのか、そこには頭から消え去ったはずのアレの姿があった。
アレと目が合ったような・・・気がする・・・。
アレは刑事課長の机にあった物と一緒のものだった。
寝たままの体勢で腕を伸ばすとソレを掴んで眼前へと持ってくる。
まさかここで再び出会う事になるとは思わなかった。
巌徒は寝ているを気遣うのも忘れて唸った。
「・・・海慈さん、どうしたんですか?」
その声に気が付いたは目を擦りながら巌徒の方へ目を向けた。
「あ・・・それ・・・『タイホくん』、事件で局へ行った時に糸鋸さんに貰ったんです。」
巌徒は押し付けられたのかと思い、コレはもう一度刑事課長を捕まえて一言言わねばならないと思った瞬間、
「タイホくん、可愛いですよね。まだ正式採用されてないって聞いたんですけど、残念です。」
本当に残念そうな顔をして、は巌徒を見つめた。
巌徒の心中は複雑だ。
掴んだ「タイホくん人形」を見つめながら悩んでいた。
自分は全く可愛いとは思えない代物だが、は可愛いと言う。
・・・そう言われてみれば、可愛く見えなくも、ない。
恋は盲目とはこういう事を言うのだろうか?不思議な気分で巌徒は己の感情の変化に気が付いた。
「タイホくんグッズが出たら、欲しいです、絶対。」
ダメ押し。
ほんの少し寝ぼけた顔で呟いたの顔は可愛らしく、巌徒もそれに頷くしかなかった。
翌朝、警察局へ出勤した巌徒は一番に刑事課へと向かった。
昨日とは違い、課長は席に座って朝一で部屋に入って来た局長の姿を見て驚いている。
あの後、糸鋸に局長とのやり取りを説明されて理解していたので、何を言われるのだろうかとヒヤヒヤしていた。
「あ、局長!あの人形は早急に処分しますので・・・。」
刑事課長が言い終わる前に巌徒は口を挟んだ。
「例の人形、局のキャラクターとして採用する事にしたから。」
「・・・え?」
こうしてあっさりと、『タイホくん』は警察局のキャラクターに採用されるのだった。
その後、巌徒の意とは反し“ブキミカワイイ”と人気が出て、警察局のイメージアップに一役買ったとか何とか。
もちろん、それに一番貢献したであろう本人は気が付く筈も無かった。