『 Atonement at Christmas eve _2 』









「・・・さて、そろそろ出ようか。」


巌徒のその言葉を合図に、は巌徒へのプレゼントを思い出した。
本当はさっき渡そうと思っていたのだが、あんな事があって忘れていたのだ。
しかし、既に席を立とうとしている巌徒をわざわざ呼び止めるわけには行かず、それなら部屋で渡せば良いかと思い、大事な紙袋はまだ持っている事にした。

部屋は、ラウンジから数回降りた場所にあった。

既にチェックインしていたらしく、巌徒はポケットからキーカードを取り出した。


ちゃんの荷物も運んであるはずだから。」


そういいながらカードをドアの横にある端末に差し込んだ。


「局長室へ入るみたいですね。もしかしたらパイプオルガンがあったりして。」


は少し前に局長室へ見学しに行ったことを思い出し、笑った。
巌徒もつられて笑った。

ロックが外れ、巌徒は重い扉を開く。
いつもの事だが、ドアを開けると先にを中へと促した。


「こ・・・これって・・・。」


部屋の中へ入ったは驚きのあまり言葉を失っていた。
普通は数歩歩けばすぐベッドルームを想像していたのだろうが、今数歩歩いたこの場所はまだ通路。
もう数歩歩くと装飾豊かなドアがあるので恐る恐る開けてみる。
するとそこにはどう見てもリビング。それも広く、レストランで見た同じぐらいの夜景が見えた。

リビングの先にもドアがあるのだが、さすがにここまで来ればこの部屋がどういう部屋かは理解できた。

後ろからゆっくり歩いてきた巌徒の気配に気付き、は振り返って言った。


「これって一般的にスイートとか言いませんか?ひょっとして・・・。」


「うん、そうとも言うね。」


巌徒は特に気にした様子も無く、さらっと答えた。
の方はと言うと、申し訳ないとか、もったいないとか、嬉しいとか、とにかく色々な感情が複雑に絡んだ表情で呟いた。


「こんなにしてもらって・・・いいんですか?私には凄くもったいない気が・・・。」


言葉を最後まで言う前に、巌徒は言葉で遮った。


「ボクがこうしたかったんだよ。ダメかな?」


小首をかしげながら
はあまりにもスケールが大きい巌徒を前に、自分が用意しているプレゼントが渡せなくなってきた。


「それともう一つ・・・クリスマスプレゼント。リビングのテーブルに置いてある箱、開けてごらん。」


ふとリビングのテーブルへ目をやると、そこには少し大きめの箱が。
箱には綺麗に赤いリボンがかけてあった。

巌徒はそのままテーブルに合わせたソファーに座ると、には向かいのソファーに座るよう促した。
正面で足を組みながら、が驚き半分の笑顔で箱を開けるのを眺めていた。

はドキドキしながら、少し不思議そうにリボンを解き箱を開けていた。
空けた瞬間、表情が変わった。


それは見覚えのあるワンピース。


「巌徒さん・・・憶えてたんですか?」


はっとした表情では正面へ顔を向けた、巌徒は更に笑顔になった。
それが答えなのだろう。


「服も・・・嬉しいけど、巌徒さんが憶えてくれた事が嬉しいです・・・。」


それは、巌徒とが初めて出会った時、がショーウィンドーで目を奪われていた服だった。
多分、この服に見とれていなければ、二人は出会う事は無かったのかもしれない。

は嬉しさに目の前の視界が滲んでくるのを感じる。
気が付くと巌徒はの目の前に立っていた。


「・・・明日はこれを着て、一日ボクとデートしてくれないかな?」


あまりの嬉しさで、言葉も出ないは立ち上がり、巌徒に抱きつくのが精一杯だった。
巌徒もそれを肯定と取ったのか、それ以上聞かず、自分の胸に埋もれているの顔を両手で引き上げる。
ほんの少し目じりが赤くなり、涙で潤んでいたが、巌徒はそれをすくい取る様に唇を落とした。
何度も、何度も、の涙が収まるまで。


「・・・くすぐったいです・・・。」


ほんの少し怒ったふりをして、は笑った。
巌徒も目を細めつつ、今度は巌徒がの背に腕を回して抱きしめる。


ちゃん・・・いいかな?」


初めてではないはずなのに、巌徒の声は少し上擦っている様に感じた。
ほんの少し可笑しかったのだが、は巌徒の胸の中で頷いた。
しかし今二人には言葉は必要ないのかもしれない。








部屋は微かな布ずれの音と、二人の息遣いが聞こえるだけだった。

巌徒はの首筋に口付けしながら下へ降りていく。
あまりの甘い疼きに思わず声を出す。


「んっ・・・やあっ・・巌徒・・・さん・・・。」


「・・・カイジ、だよ。」


動きをほんの少し休め、巌徒は囁いた。
今は巌徒の囁きでさえくすぐったくなる気がする。


「か・・・海慈さん・・・恥ずかしいです・・・。」


うっすら上気した顔では巌徒に囁くと同時に、巌徒はあまりにも妖艶なの表情に眩暈がしそうだった。
実際胸の奥で支配欲をそそられている気もした。


「・・・ゴメン、ちゃん。今日は無理させるかもしれない。」


いつもと違う口調に少し異質なものを感じたのだが、は巌徒の全てを受け入れたいと感じていた。


「・・・大丈夫です。巌徒さんの好きにしてくれた方が嬉しいです。」


そこからは、あまり記憶が無い。
おそらく二人の箍か外れたのだろう。








巌徒が目を覚ますと、隣には気を失ったように眠るの姿があった。
ふと時計に目をやると、夜明けまではまだまだかかりそうだった。
一度目を瞑るのだが、どうやらもう一度寝るには酒の力が必要だと感じた巌徒はを起こさないようにローブを羽織ると、そっとベッドを抜け出し隣のリビングへと向かった。

音がしない様にゆっくりドアを閉め、ワインを用意するとソファーに深く体を預けた。

そしてグラスのワインを飲み干した時、ふとソファーの脇に転がっている紙袋を視線の端に見つけた。


「これは・・・ちゃんが持ってた奴だよね。」


立ち上がり紙袋を手に取ろうとすると、音も無くメッセージカードが落ちてきた。
それを拾うと、カードには見慣れた字面が見える。


「巌徒・・・海慈様。ボクに?」


まだ巌徒はピンと来ないのか、自分宛なら好都合とカードを開いて読んでみることにした。





巌徒海慈 様


つまらない物ですが、クリスマスプレゼントです。

海慈さんのスーツに合うと思って選びました。

喜んで頂けると嬉しいです。






それを読み終わった後、低い声で唸りながらぐしゃっと髪をかき上げた。

確かにこの紙袋を持って少し困った様子を見せるには気が付いていた。
彼女の事だ、気後れして渡す事ができなかったのだろう。
巌徒としては、これぐらいの演出は普通の事だったが、良かれと思い少々気合を入れすぎたようだ。
それが、逆に彼女を疲れさせているなどとは思いも寄らなかった。
メッセージカードを見つめながら、昨夜笑顔で受け入れてくれたを思い出し、今度は大きいため息をついた。


どうも思うように行かない。


「ボクは・・・ホントにキミの中ではうまく泳げないよ。」


よく言葉に出すぐらいだから、勿論泳ぎは得意だった。
それはおそらくが生まれる前から。
学生時代は選手にも選ばれるほどで、とにかく泳ぎには絶対の自信を持っていたのだ。
しかし彼女と肌を合わせると、いつも溺れてしまう。



いくら抱いても足りない。その時は満たされるはずなのに。



だが、いつも求めるのは彼女ばかり。



多分、無理をさせる事も多かったのかもしれない。おそらく今日もそうだろう。
それでも彼女は自分を受け入れてくれるのだ。

自分はもう少し自惚れても良いのだろうか?
自分が思う以上に彼女は自分を想っていてくれるのだと。


「・・・いや、これはボクらしくないな。」


頭を振って、珍しく弱気な心を吹き飛ばす。
少々髪が乱れているのは気にする事無く、窓の外に目をやると、音も無くただ静かに雪が降っていた。


『これで雪が降ったら、どんな感じになるんでしょうね。』


巌徒はの言葉を思い出した
暫くは夜景と真っ白な雪が落ちていく様を眺めていた巌徒だったが、やはりと一緒に見なければならないだろうと思い、ほんの少しに起きてもらおうかと考える。
一瞬、もう少し寝かしてやりたいとも思ったのだが、その方が自分らしい、と恋人が眠るベッドルームへと戻る事にした。

リビングからベッドルームへと続くドアを開けると、はシーツにくるまりながらベッド脇にある窓の外を覗いていた。
巌徒はその光景に一瞬息を飲んだ。
うっすらとランプに照らされて、立ち尽くす『それ』はとても儚げに見えるのだ。


「・・・ちゃん、起きてたの?カゼ引いちゃうよ。」


そう言いながら後ろからの体を抱きしめた。
はほんの少し寝ぼけているのか、それとも窓の外の光景に見とれていたのか、その時ようやく巌徒が部屋に戻ってきたのに気が付き振り向いた。


「・・・あ、さっき起きたら雪が降ってて・・・。」


巌徒はそう言って微笑むを更に腕の中にきつくしまい込む。


「うん・・・綺麗だね。」


「・・・眠れないんですか?」


ふっと巌徒が飲んだワインの香りが残っていたのか、は心配そうに見上げていた。


「ん、ちょっとね。それと・・・マフラーありがとう。」


暫くその意味を考えていただったが、その時ようやくあの紙袋の存在を思い出した。
そして、一緒に付けていたメッセージカードも読まれたのだと思った。


「・・・あんな物で喜んで貰えたら嬉しいです。逆に私が貰いすぎなぐらいで・・・。」


は相変わらず申し訳なさそうに答えた。


「ううん。すごく嬉しかったよ。」


嬉しそうに答えた。巌徒は続けて話す。


「ゴメンね、今日はボク浮かれすぎてたみたいで、逆に気を使わせたね。・・・ホントはイロイロ用意してたんじゃない?」


はほんの少しうな垂れたまま、ぶんぶんと首を振った。
そのまま巌徒の方を向かず、正面のガラスに映る巌徒の顔を見ながら言った。


「・・・確かに、色々私も考えてましたけど・・・それでも、凄く楽しかったです。海慈さんが私の事を考えてくれているのが本当に嬉しかったから。」


彼女の言葉はいつも巌徒の心へ静かに火を灯す。
その場所へは、誰にも来る事ができないと思っていたのに。


「・・・やっぱり、キミには溺れるよ。」


巌徒が先ほど何を考えていたのかなど露とも知らないは、その言葉の意味が分からず困惑気味だったが、


「ああ、こっちの事。」


それだけ言うと、の窓に向けていた視線を自分の方にへと向け、口付けた。
そして急な事に顔を赤くしているを愛おしく見つめると、囁いたのだった。


「これからはさ、二人で決めていこう。色々とさ。」


返事は無かったが、は笑顔で答える。


その時のの笑顔はどんな夜景にも負ける事は無いと巌徒は思った。
その後も二人は言葉を発する事は無かったが、二人の目の前には、ただ雪だけが夜景の中部屋の灯りに照らされ静かに舞っていた。