『 Atonement at Christmas eve _1 』








季節は冬。
12月に入って街は色とりどりのイルミネーションが眩しい時期になっていた。

特にクリスマス近くなればそこかしこでも電飾が煌いている。
日はすっかり落ちていると言うのに、街は昼のような明るさ。

そんな中で、は一人買い物に出かけていた。


目的は愛しい恋人に贈るクリスマスプレゼントを買いに。


本当は昼から出かけていたのだが、どうしても良いプレゼントが決まらずウロウロと探し歩いているうちに夜になってしまった。
やはり巌徒に似合うものとなると難しい。
一応選んでみるものの、当人に負けてしまうのだ。

さすがにあまり夜は出歩きたくないのと、本音を言えば少し歩き疲れたは次に行くお店で今日の所は最後にする事にした。


「・・・あ・・・。」


お店に入った瞬間、ショーケースに飾られているマフラーに目が行った。
はあまりブランド物には詳しくないが、それは深い色合いでシンプルなデザイン。
フリンジが付いていたが、上品な感じだった。
これならいつものスーツにもよく合うだろうと、巌徒がマフラーを垂らしている姿を想像すると、あまりの格好良さには一人で顔を赤らめた。
どうやらかえってシンプルな物の方が巌徒には映えるらしい。








「やったー、ようやく決まった〜。」


は購入を済ませ、店を出ると軽く伸びをしながら呟いた。
体は疲れているものの、気持ちは軽くなっている。



・・・はずだった。



しかし家路までの道程の中、の心の中に再び不安な気持ちが大きくなってきた。


「・・・本当に喜んでくれるのかなあ。」


巌徒と付き合いだして初めてのクリスマス、そして贈り物をするのも初めてだった。
逆に巌徒からへプレゼント、なんて事は日常茶飯事ではあったのだが。
さすがのも男性とお付き合いというものは初めてではないのだが、巌徒は勝手が違う。

彼はこの街の『警察局長』なのだ。

果たしてこんな自分が買える程度の『マフラー』など喜んでくれるのだろうか?

はそうして家までの道程をトボトボと悩みつつ歩いていたが、アパートへ付く頃には少し開き直ってきたようだ。


「う〜ん、とりあえず当日はケーキでも作ろうかな。」


結局いくら考えても自分ができる事は限られているだろうし、はそれならば他の事にでも力を入れようという事で最終的には折り合いが付いたようだった。










そして12月24日。

この日もいつもの様に巌徒は仕事が終わってからのアパートへ来る予定になっていた。
特にクリスマスイブだからと約束したものではなく、いつもの事だった。

はこの日は土曜日で仕事は休み。
巌徒は朝から仕事があるらしく、終わり次第アパートへ来ると言っていた。
せっかくのクリスマスイブ、しかも土曜日なのだが、局長ともなると曜日はあまり関係が無いようでもすでに慣れていた。
なので今日は特に好都合と、朝からバタバタとささやかながら巌徒と過ごすクリスマスイブのために準備を進めていた。

丁度お昼頃、巌徒から電話がかかってきた。


ちゃん、急に悪いんだけど今日の夜食事に行かない?せっかく特別な日なんだからさ。」


はいきなりの事で少し驚いていた。
朝から作っていたケーキが無駄になるかな、と考えたのだが巌徒が自分と同じ様に『特別』と考えてくれているのが嬉しく思えた。


「ホラ・・・前行けなかったでしょ、例のホテルのディナー。ついでに部屋も取れたから。」


『例の』とはがストーカーに襲われた日、巌徒と行く予定にしていた場所だった。
結局あの時は行けなかったので当然だがキャンセルをしていたのだ。


「じゃあ、今夜はボクが迎えに行くから待っててね。」


少々一方的ではあったが、嬉しい事には代わりが無いので素直に喜んだ。
一応その事は伝えておこうかと思ったのだが、巌徒も忙しいのか要件を済ますと電話は一方的に切れた。

しばし呆然としていたが、自身そのホテルのレストランはとても楽しみにしていた事もあり、仕方が無いかと納得した。
それから幸せに浸る暇も無く、巌徒の最後に言った言葉を思い出した。


『ついでに部屋も取れたから。』


「そ、それって・・・。・・・お泊りって事!?」


にとって気恥ずかしい事をさらっと言ってのける巌徒は凄いと思った。
と同時に、ありえない体温の上昇を感じるのだった。








約束の時間より少し前に巌徒はやってきた。
冬の夜は早い。
すでに外は真っ暗になっていた。

携帯で連絡を受けたは、少し大きめなカバンとクリスマスプレゼントを入れた紙袋を慌てて掴むと、外で待っている巌徒の元へと急いだ。

そこに停まっていた車は、いつもの公用車ではなく巌徒の自家用車の様だったが、暗い所為でどんな車なのかははっきりと分からない。
辛うじて分かるのは、街灯に照らされて光る先端部の『M』が二つ重なったオーナメントぐらいだろうか。
勿論ハンドルの位置は左。
はどんなメーカーなのか検討もつかないが、かなり大きく威圧感のある車だという事は良く分かった。


「ごめんね。楽しみで予定より早く来ちゃった。」


少しだけクリスマス仕様の格好のに、目を細め笑いながら巌徒は助手席へを誘う。


「その服、可愛いね。僕の為に選んでくれたのかな?」


は特別、気を使ったつもりは無かったのだが、改めて自分を見ると化粧にしろ服装にしろ、少しいつもより違っている事に気が付いた。
気が付かないうちに、ほんの少し気合が入ってしまったようだ。


「もう、からかわないで下さいよ〜。」


「からかってなんか無いよ。本当に可愛いんだから。さ、乗って乗って。」


またもや恥ずかしい事をさらっと言いのけてしまう巌徒だった。

巌徒に促され、おそらく高級外車であろう車にはそろーっと乗り込んだ。
乗り込んだ後、またそこでウッドとレザーで統一された豪華な内装に驚かされる。
が初めて局長用の公用車に乗った時、巌徒の自家用車はもっと凄いんじゃないかと想像していたのを思い出す。


「た・・・高そうですねえ・・・。」


あっけに取られながらは呟いた。


「・・・そお?まあいつもの公用車よりは高いと思うけど。」


運転席へと乗り込んだ巌徒はあまり興味なさげに答えた。
車を発進させようとギアに手を掛ける。
しかし次の瞬間、悔しそうに巌徒は叫んだ。


「ああっ!」


「え!?どうしたんですか?」


巌徒が取り乱す事は殆ど無い。
真剣な表情の巌徒を心配そうに見つめる。


「・・・ないよ。」


「・・・え?」


はうまく聞き取れず、再び巌徒に聞いた。


「・・・マニュアル車だから、運転中、ちゃんと手が繋げないよ。」


自慢の髪も気持ち垂れ下がり気味に、悲しそうな顔で呟いた。
は一瞬呆然としていたが、さすがにAT車とMT車のギアの扱いの違いぐらい分かる。
相変わらずの子供っぽさに、は笑顔で呟いた。


「後で、手を繋いだらいいじゃないですか。」


その言葉を聞いた巌徒は急に元気を取り戻したのか、


「・・・うん。そだね。」


そう呟くと、慣れた手つきでギアを動かすと滑るように車は動き出した。

・・・元々、今から向かうホテルは徒歩でも行ける距離なのだが・・・。








程なくすると、車はホテルの地下駐車場へ潜り込んだ。

そこからエレベーターを使ってロビーまで上がると、クリスマスイブという事もあり、男女二人連れの客が多い気がした。
巌徒がの荷物を預けようと、の手から少し大きめのカバンと紙袋を取ろうとしたが、紙袋だけは断った。
預けている間、はホテルを見回していた。
ロビーからガラス越しに見える小さな庭園では、噴水がライトに照らされてくるくると舞って、光の粒を散らしていた。
夢のような光景には少し気後れしてしまったのだが、戻ってきた巌徒はそれを支えるように腰に腕を回し、馴れたようにそのホテルのスカイラウンジまでエスコートしてくれた。

ラウンジまで上がるエレベーターの中で、巌徒は他の女性と来た事があるのだろうか、とほんの少し心がチクリと痛んだ。


(嫌だな・・・これってただの嫉妬だよ・・・。)


それを覚られたのだろうか?
ほんの少し浮かない顔をして、一言も喋らないに気が付いた巌徒は、の顔を覗き込んだ。


「・・・どうしたの、ちゃん?」


はその言葉に笑顔を取り繕おうとすればするほど、うまく笑顔が作れなくなっていった。
みるみる不安げな表情になっていくを見て、巌徒は更に心配そうに呟く。


「・・・具合でも悪いのかな?先に部屋で休もうか?」


巌徒の優しさに、は更に胸が痛んだ。
もう、これ以上は誤魔化せないと思い、正直に話す事にした。


「巌徒さん・・・このホテル、馴れてるみたいだから・・・よく、他の方と来てるのかなって・・・。」


その言葉でようやく巌徒はが自分の過去に嫉妬を抱いているのではと気が付いた。
しかし、笑顔のまま。


「じゃあ、席に付いたらゆっくり説明してあげるよ。」


と一言言うと、の腰に回された手は、の手に握り直された。
は驚いた顔で巌徒を見上げる。
その直後、静かにエレベーターは最上階へと到着した。


「えっ!?ちょっ、巌徒さん手、繋いだまま・・・。」


ドアが開いても巌徒は手を離す事は無かった。
さすがに人前では恥ずかしい。
は手を離そうとするが、巌徒の手はしっかりと握られている。


「後で手を繋げばいいってちゃん言ったでしょ?」


慌てる様子のを気にする事無く、ラウンジの中へと進む。
もう既に先ほどのエレベーターの中の不穏な様子は吹き飛んでいた。


中へと入ると案内係は一つも顔色を変える事無く予約席へと促した。
周りを見るとやはりカップルばかりで圧倒される。
その真っ只中を警察局長(65)と一般女性(25)が手を繋いで歩いているのはさぞ目立つだろうと思ったのだが、どうやらどのカップルも周りには目もくれないといった感じで、は少し安心した。

そのまま巌徒について行くと、個室に案内された。
てっきり先ほどカップルでひしめいていた場所かと思ったが、が気にするといけないとわざわざ個室を取ったのだろう。
しかし、個室といえど一面は大きなガラス張りに、西洋風の柱はより夜景を格調高く見せている。


「どう?一枚の絵みたいでしょ?」


隣で驚きながら外を眺めているに巌徒は笑顔で言った。
はニッコリと笑い、頷いた。


「これで雪が降ったら、どんな感じになるんでしょうね。」


依然手は繋がれたままだったのだが、


「ちょっと、名残惜しいけど。」


そう言いながら巌徒は手を離してテーブルに向かった。
も名残惜しさを感じていたのだが、巌徒に次いでテーブルへと向かう。






シャンパンに口をつけると、巌徒が口を開いた。


「こういう所は緊張する?」


「・・・ちょっと。でも、結構このホテルのレストランは有名らしくて、職場の同僚に羨ましがられちゃいました。」


は少し照れながら正直に話した。
本当にこういう所はあまり縁が無いのだ。
確かに気の会う友人達と美味しい店へ食べに行く事は多いのだが、恋人となら尚更。
普段はあまり気にしない作法も、今日は少し戸惑う。


「あ、個室だし、何も気にせず食事と夜景を楽しんでくれたら嬉しいな。ここの食事は美味しいんだよ。」


グラスを置き、一呼吸おいた後巌徒は続けた。


「それに、ずっとちゃんをココへ連れてきたかったんだ。」


何だかその一言で楽になったは、巌徒との楽しい一時を過ごす事ができたのだった。






料理は巌徒の言う通り、今まで食べた料理よりも美味しく感じた。
今日はクリスマスイブという事もあり、前菜からデザートまで可愛らしい装飾も施され、お腹も心も満たされるようだった。
勿論『巌徒と一緒』という付加価値もあるのだろうが、仲の良い同僚にも良い報告ができそうだ。

最後に二人は紅茶を飲みながら、窓から見える夜景を静かに眺めていた。


最初に静寂を破ったのは巌徒だった。


「・・・ちゃん、話は戻るけど、ボクがこのホテルに慣れてるって言ったよね。」


ドクン、との心臓が鳴った。
忘れかけていたが、は正面から受け止めようとも考えていた。


「・・・はい。」


鼓動は早くなり、静かだったはずなのに今は自分の心臓の音ばかり聞こえる。
そんなの様子とは対照的に、巌徒はニコニコと笑ったままだ。


「・・・プール。」


「・・・え?」


は予想もしてない言葉にぽかんと巌徒を見ていた。


「このホテル、プールがあるんだよ。」


その言葉で、はある事に気が付いた。
巌徒はよく、のアパートへ来る前に『一泳ぎ』という単語をよく使う。
巌徒は続けて話した。


ちゃん家からも近いし、よくココで泳いでるんだよ。それに、警察局からも近いからよく泊まってるんだよ。」


種明かしをしてしまえば、何てことも無い話だった。
は逆に疑ってしまった自分を責めた。


「ごめんなさい・・・。一人でヤキモチ焼いちゃって・・・。」


「ううん。実はヤキモチ焼かれて嬉しかったりするんだよ。」


いつもキチンと揃えられている髭を撫でながら、呟いた。
どうやらほんの少し、巌徒は自分の発した言葉に照れているようだった。
始めは悲しそうに目を伏せていただったが、巌徒のその一言で少し笑みを浮かべた。


だが、巌徒は真顔に戻り意を決したように言葉を繋いだ。


「・・・でも、さすがにボクはキミよりも倍以上生きてるからね。それなりに色々あったよ。」


瞬間の顔色が変わる。
どうしてこんな時にそんな事を今言うのだろうと、巌徒の方へ顔を向けるとそこには、悲しそうな顔が見えた。

その顔は以前一度だけ見た事がある、とは思った。


「色々と言っても・・・ボクの方はと言えば、利用していた様なものだから・・・酷いものだけどね。」


巌徒の目は、の方へ向いていたが、何故かもっと遠くを見つめているように感じた。
はただ呆然と見つめる事しかできなかった。
暫くすると、視線がようやくとぶつかった。


「・・・だけど、キミだけは失いたくないと思ったんだ。・・・それは信じてくれるかな?」


悲しい表情と言うより、今は悲痛にも取れる表情だった。
巌徒は何かを後悔しているのだろうか、それとも何かに苦しんでいるのだろうか。
はそんな巌徒の心内を考えると、切なさと同時に愛しさが込み上げてくる。
今度はうまく笑顔を作る事ができた。


「・・・はい。」


その笑顔と言葉に、巌徒は贖罪を受けているのだと感じていた。
当然、現実には赦されざる事もあるのだろうが、彼女の前では全てが赦される様な気がしたのだ。
それは、クリスマスイブだからなど、そんな事は関係無い。


巌徒が信じるものは彼女ただ一人なのだから。