『 遠 く 広 い 空 に 』
は巌徒から、事件の裁判を担当する『狩魔』という検事が自分に話を聞きたいのだと聞いた。
検事局の場所が分からなかったのだが、巌徒が他の検事に用があると言うので二人は一緒に検事局へと向かった。
「じゃ、ちゃん終わったら携帯鳴らしてくれるかな?」
車を降りると巌徒はほんの少し浮かない顔でに言った。
今から会う人物は、巌徒と同期という事もありの方は安心していたのだが、巌徒の方は何か心配な事でもあるのだろうか。
実際巌徒の顔は笑顔なのだが、には何となく分かるのだった。
「・・・分かりました。」
これ以上あまり心配はかけたくはないと、は笑顔で答える。
二人は同じ方向へ歩いていたが、は事前に巌徒に教えられた狩魔検事の部屋の方へ足を向けた。
本当は巌徒も一緒について行きたかったのだが、狩魔に『局長殿が居るとまた何か細工されても困るのでな。』
と予め釘を刺されていたので仕方なく、巌徒は狩魔の部屋へと続くエレベーターへ乗り込むを笑顔で見送った。
ドアが閉まるのを確認すると、巌徒は誰にも聞こえない様に呟く。
「・・・豪さんだって、同じじゃないか。」
がエレベーターを降りると、『検事 狩魔豪』とプレートに書かれているドアを見つけた。
ノックをすると、奥から入るように促している声が聞こえた。
「失礼します・・・。」
部屋に入ると部屋の主は窓から外を眺めていた。
巌徒から色々と性格云々聞いていたものの、長い沈黙にはオロオロしだす。
その時、狩魔は振り返りの顔を確認するとニヤリと笑った。
「わざわざここまでご足労願って申し訳ない。我輩は完璧な裁判をしたい、貴方にも少々話を聞いておきたいのだよ。」
「ふう・・・。」
は検事局の玄関を出ると大きく伸びをしながら息を吐いた。
実際そんなに時間は経っていなかったのだが、体は疲労を覚えている。
さらに心も少し重く感じた。
それを振り切りたいと思ったのか、それとも元々緊張していた所為か、ほんの少し外の冷気に当たりたくなり正面玄関から外へ出た。
一息つくと巌徒の携帯へ連絡を入れなければならない事を思い出し、鞄から携帯を取り出す。
コールが一回、鳴り終わらないうちに相手が出てきた。
「あっ、巌徒さん遅くなりましたけど今終わりました。」
「いいんだよ。ボクも丁度用事が終わって部屋を出た所だし。」
それから二言三言、話したのだが巌徒は狩魔の話には一切触れてこなかった。
ただ、電話越しでもホッとした様子が伺える。
ただ今だけはの心はさらに重くなるのを感じていた。
「じゃあちょっと寒いけど、そこまで車回してもらうから待っててよ。」
分かりましたと返事をすると、は電話を切った。
確かにもう雪がちらついてもおかしくない季節、火照った体には丁度いいのかもしれない。
程なくすると、の前に良く知る黒い車が停まった。
後ろのドアが開き、巌徒はを迎えようと歩いてきた。
「さ、帰ろう。・・・・ちゃん?」
巌徒がの元へと来るまで、はここにあらずという感じで空を見つめていた。
ほんの少し、様子がおかしいと感じたのだろう。
巌徒は心配そうに尋ねた。
ふと、思いついたようにの視線が巌徒へと戻された。
「あ、いや、普通に事件の話でしたよ。・・・ただ・・・。」
ほんの少し憂いのある物言いに、巌徒は何となく巌徒の話を覚った。
「・・・ボクの事だね。」
巌徒は元々狩魔がを読んだ時点で覚悟していたのか、驚く素振りを見せる事は無かった。
逆に言い当てられて、の方がうろたえていた。
泣いてはいなかったが、の顔は今にも泣きそうだった。
「私・・・巌徒さんの邪魔になってませんか?」
「・・・。」
頭の片隅で、にやりと笑う同期の男の顔を浮かべ、巌徒は深いため息をついた。
おそらく、自分の事を吹聴したのだろう。
さすがにあの男は余程の嘘はつきはしないだろうが・・・。
「狩魔検事さんに『局長殿は守るものが増えて苦労しそうだ』って言われて初めて気が付いたんです。」
「私、巌徒さんの妨げにはなりたくないです。」
そこまで言うと、は俯いてしまった。
巌徒は例の同期に怒りを覚えると共に、目の前の彼女を愛しく思った。
「・・・ばかだなあ。守るものがあるのって結構嬉しいもんなんだよ。」
それだけ言うと、俯くを強引に抱きしめた。
は一瞬何をされたのか分からなかったが、次の瞬間は既に巌徒の胸の中に包まれていた。
心地よいいつもの温もりに、凍てついた心が溶かされるようだった。
「・・・ごめんなさい。」
は巌徒を信じていたはずなのに、逆に巌徒を困らせたのだと気付いた。
そして巌徒の一言で、そんな悩みはくだらない事にも気が付いたのだ。
「もう、いいんだよ。それよりちゃん凄く冷たいじゃない。さ、車に戻ろう。」
二人は後部座席へ乗り込むと、エアコンで暖められた室内に緊張も解けたようだった。
二人に自然に笑顔が戻る。
「豪さん、結局ボクを苛めたかっただけなのかなあ。」
いつもの笑顔で呟くのだが、声色はほんの少し怒りを帯びていた。
それに気付いたは、慌ててフォローを入れるのだった。
「あっ、ホントに殆ど事件の話をしてたんですよ。」
「ホントに?」
巌徒はまだそれを本気で捉えてないようだ。
「途中で私が落ち込んでたのに気がついて、紅茶を入れてくださったんですよ。」
とても優しい方でしたよと付け加え話すはとても嬉しそうに見えた。
という事は、無意識で話すうちにそういう話になったのだろうか。
巌徒は狩魔の意外と不器用な性格ならありうる話だと無理やり納得した。
・・・紅茶など、自分には一度も出してくれた事は無いが。
一応は狩魔はに対して敵対心は無いだろう。むしろ好意的に取れると感じていた。
だからこそまだほんの少し、わだかまりは残るのだが。
またまたそんな様子の巌徒に気がついたは慌ててフォローを入れる。
「でもっ、お友達ですもんね、巌徒さんと狩魔検事さんって。」
今度はそのフォローは逆効果だったようだ。
「とんでもない!」
普段声を荒げる事はめったに無い。
は目を大きく開けて驚いていた。
チラッとルームミラーを見ると、どうやら運転手も驚いているように見えた。
そして声を荒げた本人が一番驚いていた。
「・・・あ、いや、ゴメン。何て言ったらいいのかな〜。」
は巌徒から同期と聞いていたのでてっきり友達だと思っていたのだが、どうやら複雑な感情が絡んでいるように感じた。
「確かに同期で、交流があって、・・・それでも奴とボクの道は決して交わる事はないんだよ。」
ほんの少し、ほんの一瞬、巌徒は寂しげな顔をして言うのだった。
はその複雑な二人の関係は理屈では分からないものの、そういった関係もあるのかもしれないと感覚では捉える事ができた。
それはほんの少し寂しくも感じたが、それも一つの形なのだろう。
もう一人の男も同じように考えているのだろうか。
は、ふと狩魔の言葉を思い出した。
『我輩には我輩以外守るものが無い。・・・少し羨ましく感じる。』
そして、その言葉と共に、表情を変えることが無かった狩魔がに向けたほんの少し優しい視線を思い出したのだった。