『 名 前 を 呼 ん で 』
相も変わらずのアパート。
ここの所格段に寒さも厳しくなり、部屋にはコタツが設置された。
にとっては毎年当たり前のことなのだが、違うのは今年は正面に巌徒の姿がある事だ。
やはり巌徒にコタツは似合わないのだが、本人は久し振りのコタツにひどくご満悦であり、いつものように皮手袋を外しての淹れてくれたお茶を飲みながら他愛も無い話をしていた。
後はコタツに必需品であるミカンでも買っておかなければならないだろうか。
さて、そこまではいつもと同じであったが、巌徒は急に思いついた様にあるお願いをしていた。
「そろそろ名前で呼んでくれてもいいんじゃないかなあ。」
は驚いて飲みかけていたお茶を吹きかけた。
二人が付き合うようになって1ヶ月、今更そんな事を言われるとは思ってもみなかったのだ。
一瞬の沈黙の後、
「ええっ、今更照れちゃって言えないですよ〜。」
呼んでいる所をシミュレーションしたのだろうか、の顔はみるみる赤くなっていった。
飲みかけのカップを落ち着きながら机の上へと戻す。
巌徒はそんな可愛らしい仕草のを見て改めて愛しさがこみ上げてくるのだが、それを振り切り食い下がった。
「イチオウそういう仲でしょ?ボク達。」
とコタツの向かいに座っている巌徒は顔を近づけニッコリ笑う。
無理難題を言われても、はこのいつもの笑顔に弱かった。
弱い、というよりいつも押し切られているだけなのだが。
しかしさすがに今回だけは押し切られるわけにはいかないとは反論した。
「うーん、でも警察局の方達の前ではちょっと呼べないですよね。」
「まあ、ボクは構わないんだけどね。確かに五月蝿い人間は何処にでも居るからねえ。」
珍しくの言う事に賛同しているようだ。
確かに重役クラスにもなれば、頭の固い人間も多い。
巌徒の威厳を失わせるわけにはいかないと、気を使ってくれているのだろう。
多少は賛同すると言う事は、要領のいい巌徒でもそれなりに局長という立場で苦労しているのだろうか。
ふむ、と巌徒はしばらく考えていたが、笑顔が崩れない様子を見ると諦めてはいないようだった。
「じゃあ、二人っきりの時にだけ。」
意外と子供っぽい所があるなーと思い、はクスクス笑い出した。
予想しなかった反応に巌徒は少し面白くなさそうな素振りを見せたのだった。
「何で笑うのかなあ。ボク、真剣なんだよ?」
「・・・あ、ごめんなさい。巌徒さんって可愛いな〜っ・・・て思って・・・。」
喋る途中ではっとは言い過ぎたかと笑うのを止め、バツが悪そうに伏し目がちに言った。
・・・このボクが可愛いだって!?
巌徒は色々な言葉で形容される事は多いのだが、さすがに『可愛い』と形容されたのは初めてだった。
腕を組みながら、そんな事はあっただろうかと考え込んでしまう。
(いや・・・無いだろうなあ・・・。)
はそんな困っている様子を見て、今は不安そうに巌徒を見つめている。
その様子に気付いた巌徒は、垂れ下がった前髪を弄りながらため息混じりに言った。
「そんな事言うのちゃんだけだよ・・・。」
どうやら嫌がってはいない様子に気が付いたは、再び笑顔になった。
そしてまた少し顔も赤くなってきたようだ。
こそこそとコタツから離れて、巌徒の横へと座った。
勿論コタツはアパートに合わせて小さいもので狭いのだが、今は都合が良いかのように、傍に座るとは巌徒の肩に自分の頭を乗せながら呟いた。
「じゃあ、私だけの特権ですね。・・・海慈さん。」
「!」
自分が求めていた事とはいえ、いきなり言われるとさすがに動揺する。
巌徒は一瞬表情を変えたが、すぐに表情を和らげた。
「・・・そうだよ。キミだけの特権だよ。」
(本当に、ボクはキミと居ると違う自分を発見するよ。)
悪い気はしない、と巌徒は目を瞑りながらから伝わる心地よい暖かさに浸っていた。