『 空 騒 ぎ 』








局長室では甘いムードが漂っている事とは露知らず、刑事課では我が局長の連れてきた女性について熱い議論が交わされていた。

その場に糸鋸が居ればあっさり解決するのであろうが、運が良いのか悪いのか、丁度外出中であった。

いや、その前にあの事件を覚えているものがいるのだから、が被害者だという事を誰か思い出しても良いだろう。


「巌徒局長が連れてきた女性、一体局長とどんな関係なんだ?」


「そりゃあお前、娘じゃないのか?紹介して欲しいなあ。」


「あれ?局長って独身だったっけか!?」


「ええ!?でも腰に手回してたぜ。」


「・・・いや・・・でも、若すぎるだろ。って局長何歳だ?」


「ハッ!まさか、援助・・・。」


言いたい放題にも程があるが、それだけ警察局としては珍しい事件だったのだろう。
課長までもが話に参加していた。

ともかく、さしあたって大きな事件も無く、平和だという事なのか。


「課長〜、ちょっとあの子俺のタイプなんですよ〜。ちらっと様子見てもらえません?」


「なっ、何を言うのかね君は。ちょ、ちょっとだけだぞ!」


「・・・課長も気になるんじゃないですか・・・。」


どうやら刑事課の意思は一つにまとまった様だ。
しかし、課長が部屋を出ようとした時、丁度ドアを開けて糸鋸が帰って来た。


「只今戻ったッス。」


疲れてはいたものの、部屋の異様な雰囲気に気が付いたのか、目の前に気まずそうに佇んでいる課長に話しかけた。


「どうしたッスか?課長。なんか事件でも・・・?」


ヒュッ・・・パシッ!


そう言いかけた時、空を引き裂く音と、破裂音の様なものが聞こえた。


「ぎゃん!!」


叫びながら糸鋸はその場に崩れた。
崩れた後ろから、ムチを持った女性が現れる。


「ヒゲ!無駄話は後にして、さっさと事件の資料を渡しなさい!」


検事局検事、狩魔冥だった。
冥もまた、刑事課の雰囲気がいつもと違う事を感じていた。


「・・・どうしたのかしら、ねえ?」


ようやく体を起こした糸鋸に冥は尋ねた。


「今帰ってきたばっかりッスよ?分かるわけ無いじゃないッスか。」


・・・ピシッ!


「ぎゃん!・・・あ、あの・・・課長、どうしたッスか?」


「あ、ああ・・・いや、巌徒局長がな、今朝方から若い女性を連れてきてるんだよ・・・。」


冥の迫力に少しばかりビクビクしている様子だったが、いつもの事だと言い聞かせ答えた。


「フン・・・あの局長がねえ・・・。父と交流があるから知ってるけど、あの男は権力しか興味が無いかと思ってたわ。」


普段の局長を良く知っているかのように冥は呟いた。
そしてふと、糸鋸がさっきから一言も口を挟まないことを疑問に思い、ムチを振るった。


「ぎゃひ!」


「ヒゲ!アンタ、何か知ってるような顔ね。」


ムチの柄で糸鋸の顎を持ち上げる。
何だか浮かない顔だ。
特徴を詳しく聞くと、彼女しか思いつかない。


「・・・多分、自分の予想が当たってれば・・・さんは局長の彼女ッス。」


その瞬間、刑事課全体がどよめいた。
部屋全体が揺れたような気さえする。


「お、おいマジかよ!?」


「えー、ショック!俺マジ狙ってたのに!」


「おい、ちょっと局長室行って邪魔して来いよ!」


「俺、局長が女性連れて歩くっての初めて見たよ。」


「ありゃあ、犯罪じゃないのか!?」


「てか、ホントに援助・・・。」


各々が様々な感想を述べる中、糸鋸はやはり浮かない顔のままだった。
それもそのはず、糸鋸は彼女に対して失恋した事に気が付いてそう日が経っていないのだ。

冥はそんな様子の糸鋸を見て、何か覚ったようだった。


「ヒゲ、アンタまさか・・・。」


さすがに冥はこれ以上追求しようとはしなかった。
その代わり、


ピシッ!


「きゃん!・・・まだ何も言ってないッスよ、狩魔検事〜。」


「さあ、さっさと資料を持ったら検事局で一仕事してもらうわよ!」


先ほどの糸鋸の浮かない顔はウソのようにいつもの顔に戻っていた。


「ええー、まだ何かあるッスか〜?」


これでも冥は気を使った方なのだ。
一応コレでも大事な部下である事には代わりが無い。
冥は糸鋸の首根っこを掴んで刑事課を出て行った。